1.先祖は生きている

何よりまず第一に言いたいことは先祖を「死んだ存在」として見ないでほしい、ということです

2006年にヒットした秋川雅史さんの曲「千の風になって」の歌詞
「私のお墓の前で泣かないでください
そこに私はいません
眠ってなんかいません」

ここを自分は強く言いたい
そこにその方の骨はあったとしても、その方の魂はそこにずっと留まってはいません

これは自分の感覚ですが、先祖と自分の違いは大してないよね、っていう感覚です
大きな違いと言えば肉体が有るか無いか、目で見えるか見えないかっていう、その程度のものっていう感覚

勿論、実際はいろんな違いはあるんだろうけど(↑のだけでも「全然違うじゃん!」とツッコミたくなる方もいらっしゃるとは思いますが)でも、自分はこの感覚でOKだと思ってます
なぜならこの感覚だと、先祖が身近に感じられるから
「先祖供養」という意味で言うとお墓参りは大事ですが、それ以上に、神やイエス・キリスト同様に、普段から先祖の存在を意識することがもっと大事だと思います
そして話しかけてみたり、幸せを祈ってみたり…

先祖を生きた存在として認めるということ、例外なく、みんなが「神の子」であることを認めること、それから、先祖は自分と神・イエスキリストと繋いでいる存在でもあることを認めること
ずばり、ココなんじゃないかと思います
ココが一番の先祖供養だと思えます


2.人間は先祖の総合体

さらに深掘りしていくと、前回「イエス・キリストは再臨している」で、神もイエス・キリストも自分の中に存在しているとお伝えしましたが、先祖も同様に自分の中に存在しているとういうこと

「人間は先祖の総合体」と学んだのですが、自分は「細胞の一つ一つが先祖」というイメージで「自分と先祖、イエス・キリスト、神は一つ」なんだというふうに思ってます

言い換えると、どこに行っても、どんな状況であっても自分と一つです
そこが人間と大きな違いです
家族も友達も恋人も、その場所から(場所にもよりますが)、たった10メートルでも離れた場所に行けば相手の姿が見えず、おしゃべりもできないわけです
「相手はそこには居ない」という感覚がありますよね

でも先祖は違う
いつだって姿も見えないし声も聞こえない
でも、たとえ外国に行ったとしても、自分と離れることなど絶対になく、いつでも守ってくれている存在なんです
理屈抜きに心からそう思えた時、きっと大きな感謝を感じられるかもしれません

で、さらにさらに深掘りしていくと、自分の「こういうトコがやだな」とか「ココは自信持ってる」っていうところ、ソレ全部、先祖の総合体である結果とも言えると思うんですけど、一つ気を付けなきゃいないところを強いて言うなら、自分のここがイヤだなって思うところや短所を自分のことだと認めたくないがゆえに、先祖のせいにしたくなる時もある
でもそれって、自分と先祖を分けた意識がある前提なので間違ってるし、100%先祖のせいにして、自分は何も悪くないという考えは明らかに間違ってるわけです
「自分自身と向き合わずに逃げてる」とも言えると思うので、やっぱり間違いですな


3.先祖は今、幸せか それとも不幸か

「守護霊」という、人間を守ってくれている存在が「今幸せか?それとも不幸せか?」ということをあえて考えみた時、やっぱり幸せだよなって思うんです
だって、自分が不幸真っ只中の時に、たとえ守る相手が子孫であっても「守ろう!」だなんて思えないでしょ、普通
ってか、それ以前に、神が不幸真っ只中霊に「この人間を守れ」だなんて指示は出されないはずなんです(あくまで人間的な考え方ベースですけどね(^^;)

そう考えると、やっぱり守護霊という存在は、幸福であると思うんです
守護霊もまた「神の愛」に守られてるということ、そして守護霊もそのことをハッキリと分かっているから、本物の幸福の中に在るんじゃないかと思うんです

逆に浮遊霊、地縛霊、悪霊と言われてる存在、「負のエネルギー存在」っていう表現が正しいかどうかわかりませんけど、自分から見れば(第三者からみれば)不幸だよなって思うんですが、おそらくその霊たちはその自覚は無いのかもしれないとも思うんで、ある意味幸せなのかも(いろんな心霊動画を見てきた自分なりの想像ですよ、全部)

何が言いたいかというと、霊という存在もまた「幸or不幸」という概念に、人間同様、影響されるんじゃないかと思うんですね

上記に上げた霊以外の霊と言いますか、普通の霊?… 人間で言うところの「一般人」
仮に、ここでは「一般霊」と呼びますけど、ほとんどの先祖が一般霊として自分の中に居ると思うんですが、当然全ての先祖が、生前は幸福な人生を送れたわけではないと思います
というか、不幸な人生の終わり方をした方の方が多分多いんじゃないかと

そう思う理由ですけど、「無神論者」という言葉があるじゃないですか
ソレです

神や霊といった存在を否定してる方々の魂が肉体を出た後(亡くなった後)に迷子になる、みたいな感じの話を昔どっかで聞いたんですけど、それが浮遊霊なり地縛霊なり、そういう存在になるんじゃないかと思うんです
なぜなら神の存在を、神の愛の存在を否定しているから
神の存在を否定していれば、帰る場所なんて無いからです

信仰者としての自分から言わせてもらうと、「神の存在、神の愛の存在を否定し続けると幸せな人生を送れる」なんてことは100%あり得ないと断言できます、証明は出来ませんけど

「神は親」でお伝えした通り、神は本当の親なわけなんですけど、「無神論者」は神の存在=本当の親を否定したまま亡くなるので、親もとに帰れなくなり、そして迷子になる、たぶんこういう流れなんじゃないかと思うんです

それから神・仏の存在を信じていても、事故、事件、災害に巻き込まれたり、昔の時代なら戦争で人を殺したり殺されたりと不幸な人生の終わり方をした方々が多いのではないかと思うんですが、その方々全てが魂となって天国に帰り幸せになりました、とはならないと思うんです
なぜなら、いろんな未練や執着を抱えたまま亡くなっている方が多いと思うので


4.先祖の現れ

今の地球の状況を見た時、信じられないかもしれませんが、地球は良い方向に進んでいます(とは言うものの、正直言うと自分も半信半疑です)
「破壊と創造」が進んでいます

その過程の中で、神の光が全てに注がれるわけですが、その光がどんどん強くなる流れの中で、これまで表に出てこなかった【影】が浮き彫りになります
分かりやすい例で言うと、人間の悪事(出来事)ですね
これまで解決に至らなかった犯罪、不正等といったものが明るみになり悪人が警察に捕まる、みたいなそんなこと

それから個人
神の救いの光が、当然自分にもあなたにも注がれているわけですが、自分の中の先祖もその光に照らされ、救いを求めて現れてきます

現れ方は様々
・癌などの肉体の病気、鬱などの精神の病気
・最近なんだか急に何に対してもやる気がでなくなった
・人に騙されたせいで経済的に苦しい
・〇〇に依存しないと生きていけない
・感情のコントロールができない、理性がきかない、欲望のままに行動する
・あぁ あのガキうるせぇ… 黙らしてやろうか → 殴打

例を挙げればキリが無いのでこれぐらいにしておきますが、これら全てに共通するのは、苦しんでいる先祖が人間の上に現れているということ


5.先祖を神にお返しする

こんな感じで、いろんな人に… いや、「いろんな」じゃないですね、「全ての人に」です
先祖が現れない人なんて存在しないでしょう、きっと
↑よりもっと身近な例を上げたら、影で悪口とか友達とケンカとか親と口論とか…
あらゆる状況あらゆる場面でヒョコヒョコ出てくるんです
自分にも相手にも

で、これまでは仲直りするなり、縁が切れるなり、そんな感じでだいたい終わってるじゃないですか?
でも、この記事を読まれた方は、これからはそれで終わらせないでほしいと思ってます
自分のためにも相手のためにも先祖のためにも

ケンカを例にすれば、ケンカ中はさすがに出来ないので(冷静になれず、感情的になってそれどころではない、という意味です)ケンカが終わって冷静になれたら、自分の上に現れた先祖を神にお返しします
「人のことばかり責めて、自分の非を認めようとしないご先祖様が現れましたので、このご先祖様を神様にお返しします」

病気(癌)を例にするなら
「癌という病気を通して苦しまれているご先祖様が現れましたので、神様にお返しさせていただきます」

例えばこんな感じです
勿論この通りでなくて大丈夫です
自分の言葉で神にお伝えください
救いの光で満たされたその先祖は救われます


言うまでなく、先祖という存在は数えきれないほどの数なので、一回二回神にお返ししたところで現状が劇的に変わるとか、そういうことはまず無いです
あるとするなら、誰も気づけないような小さな小さな変化ぐらいならあるかもしれませんが、そこらへんは期待しない方がいいでしょう
なぜなら「期待する」ということは、自分の理想の展開にならなければ「やっぱり、やったって意味ないじゃん」とがっかりして、それ以降やらなくなる、という展開になりやすいからです
何に対しても言えることですが、期待しても大抵期待通りにならないのが普通です

大事なことは「継続」
自分自身にも相手にも、先祖の現れだと感じたら常に「神にお返し」
1年2年3年と続けていった時、もしかしたらあるタイミングで大きな変化を感じられる時がくるかもしれません

「昔は全然自信持てなくて、何やっても上手くいかなかったけど、最近の俺って、すげぇ いいカンジだよな♬」
「なんか、最近あの人優しくなったなぁ っていうか、ほんと よく笑うようになったよね♬」
みたいなカンジで(´∀`)b


それからもう一つ
「先祖を神にお返し」は、例えば「何かの宗教に入信して、修行してこの能力を身に付ける」のような特別なことではないということです
あなただって今すぐできます

なぜなら、これは【祈り】だから
神と、イエス・キリストとのコミュニケーションだから
どうぞ気軽にやってみてください♬

神社に参拝して、神様にお願い事をしたことって一度はあるでしょ?(なかったらすみませんm(_ _;)m)
そう、あんなカンジで気軽にやってみてください

神のもとに返された先祖も、子ども(人間)の方から積極的に話しかけてくれた神も、きっと喜んでくれんじゃないかなって思うんです
それって、すっごく幸せなことじゃないでしょうか!(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾

以上です


で、終わろうと思ったのですが、もう一つ、お伝えというかお願いです
リアルタイムの話です

熊本で被災された方々へお祈り
被災された方々のご先祖様へのお祈り
亡くなられた方々へのお祈り

よろしくお願いいたします

あなたとあなたに繋がる先祖が
神 イエス・キリスト 
と強く強く結ばれますように
( ˘人˘ )